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衆院選 自公両党で3分の2以上獲得へ 民主100議席届かず 共産は倍増 [ニュ-ス]

第47回衆院選は14日、投開票が行われた。自民党は選挙区、
比代表ともに優勢な状況だ。
堅調な選挙戦を展開し、選挙前勢力(31議席)並みの議席をうかがう
公明党と合わせ、3分の2以上(317議席)を獲得する
公算が大きい。
この場合、衆院で可決された法案が、参院で否決するか、
60日以内に議決しない場合、出席議員の3分の2以上の
賛成で再議決し、成立させることが可能となる。

民主党は、選挙前勢力(62議席)を上回るものの、
100議席には届かない見込み。
共産党は、議席を倍増させる勢いをみせている一方、
「第三極」の維新の党と次世代の党は後退している。

 安倍晋三首相は今回の衆院選の勝敗ラインについて
「自民、公明両党で過半数」との方針を表明してきた。
24日に召集予定の特別国会で行われる首相指名選挙で
安倍首相が引き続き選出され、首相は直ちに
第3次安倍内閣の発足に向けた準備に入る。

今回の衆院選では、首相の経済政策「アベノミクス」の
是非が最大の争点となり、首相は「間違いなく私たちの
経済政策は成果をあげている」と強調。
これに対し、野党の民主党などは「豊かな人がもうかっても
一般の人におこぼれはない」と批判した。

今回の衆院選は全国295選挙区と、11ブロックの
比例代表(定数180)の計475議席を1191人が争った。



小沢一郎氏、当選確実 72歳、衆院で現役最多の当選16回に 
「最も苦しい選挙」乗り切る

14日に投開票された衆院選で、「生活の党」の
小沢一郎代表(72)が岩手4区で当選を確実にしました。
政界での求心力低下もあり、「これまでで最も苦しい選挙」と
報じられる中、地元を精力的に歩く異例の選挙戦で
自民前職の藤原崇氏(31)に競り勝ちました。
1969年の初当選以来、衆院議員現役最多となる16選。
日本政治の歴史とほぼそのまま重なる、
小沢氏の政治家としての半生を振り返りました。


72歳、地元で異例の「ドブ板選挙」

小沢氏は今回の衆院選で、党所属の衆院議員に「それぞれの政治生命を
ながらえることを考えてもらう。好きにしていい」と離党を認めました。
自らは党首にとどまり、初めて比例代表に重複立候補。
もし選挙区で落選しても、比例で復活当選できるようにしました。
これまで選挙期間中にほとんど立ち寄らなかった地元に張り付き、
ビールケースに乗って演説を重ねました。

93年に自民を離れ、新生、新進、自由、民主など各党を移ってきました。
最近は支持者の高齢化も指摘されていました。
一方、対抗馬の自民・藤原氏の元には、安倍晋三首相ら幹部が
「重点選挙区」として次々と応援に入り、厳しい選挙戦でした。


田中角栄元首相を師と仰ぐ

小沢氏は1969年、衆議院議員だった父・佐重喜氏の急死に伴い、
旧岩手2区の地盤を継いで自民党公認で初当選しました。

田中角栄元首相を「政治の父」と慕い、選挙のイロハや官僚の
操縦術をそばで学びました。
田中氏がロッキード事件で刑事被告人となった時には、
裁判の全公判を傍聴したといいます。
同期当選の橋本龍太郎、小渕恵三、渡部恒三の各氏ら、
後に「竹下派七奉行」と呼ばれる有力政治家らと
競い合いながら、後に首相になる竹下登氏の新派閥
「創政会」に加わり、最大派閥を切り盛りしました。

 89年には47歳の若さで幹事長に就任。
公明党や民社党と連携しPKO協力法を成立させるなど、
海部俊樹内閣を支えました。
.

非自民8党派をまとめ、政権奪取

92年に、「東京佐川急便事件」を巡って金丸氏が議員辞職すると、
羽田孜氏らと竹下派を離れました。
著書「日本改造計画」で、二大政党制を目標とする政治改革や
国連軍への参加による積極的な国際貢献などを掲げました。

 集団離党した羽田派で新生党を結成。93年の衆院選で
自民党が過半数割れすると、日本新党の細川護煕代表を
担いで社会、公明など非自民8党派による連立政権をつくりました。



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